クリスマスはどうやって始まったの?
クリスマスはイエス・キリストの誕生のお祝い
クリスマスはキリスト教の創始者、イエス・キリストの誕生日です。しかし、イエスが生まれたのは紀元前で、今から2,000年以上前のことです。イエス・キリストの誕生日はいつからお祝いされるようになったのか、イエス・キリストは本当に12月25日に生まれたのか……キリスト教の初期にさかのぼり、誕生日の真偽を探っていきましょう。
なぜ、お祝いされるようになったか
キリスト教が生まれた当時、クリスマスはそれほど大事なお祝いではなかったようです。2世紀の記録を見ると、さまざまな人たちがキリストの誕生日を特定しようと、あれこれ計算したり日付を勝手に決めたりしていました。5月20日だと言う人もいれば、4月19日または20日だと言う人もいたそうです。
現在では、クリスマスは4世紀の初めにローマで始まった、という説が主流です。記録にはっきりと「12月25日がキリストの誕生日」と記されたのは、ローマで336年に作成された行事暦「フィロカロスの暦」が最初と言われています。4世紀の初めは、キリスト教に対するローマ帝国の激しい迫害がコンスタンティヌス帝の「ミラノ勅令」によって終息し、キリスト教が国家から公認されるようになるという劇的な変化が起こった時期でした。キリスト教会は、迫害の危機から一転したのです。
安心すると、落ち着いて過去を振り返る余裕が生まれるものです。キリスト教を取り巻く状況変化の中で、キリストの誕生日という歴史のひとこまが、重要な出来事として存在感を増したのでしょう。さらに当時は、キリストが生まれながらの神の子であるという神性を疑う宗派も生まれていました。教会はキリストの誕生日を重要な祭日とすることで、生まれながらの神性を強調し、それらの異端説を退ける意図もあっただろうと考えられます。
12月25日がクリスマスになったワケ
では、キリストの誕生日が12月25日と見なされるようになったのは、どうしてなのでしょう。現在最も有力な説は「当時広く祝われていた太陽神の祝祭日だったから」というものです。
ローマ帝国では、太陽神崇拝が広く行き渡っていました。ミトラス教(ミトラ教)という太陽崇拝の宗教が盛んであったところに、3世紀の終わりに皇帝アウレリウスが、帝国の統一を堅固にするため太陽神崇拝を本格的に導入します。12月25日は太陽神の生誕日として、国家行事の中で最大の祝日となりました。
そんな中、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認。12月25日をキリストの誕生日とした裏には、当時最盛の宗教であった太陽崇拝とキリスト教を結びつける、コンスタンティヌス帝の意図があったと考えられています。またキリスト教会側にも、キリストを「真の太陽」と位置づけ、異教徒をキリスト教に取り込もうとする動きがうかがえます。つまり、クリスマスが12月25日になった背景には、ローマ帝国とキリスト教会の思惑が一致したという事情があったようです。
クリスマスの起源や由来についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
参考
村上良夫(1988年)『クリスマスの起源 : その歴史的背景』北陸大学紀要 No.12