怖くて悪いサンタクロースもいる!
アイスランドの怖いサンタ「ユール・ラッズ」
一方で世界には、怖くて悪いサンタクロースもいます。それは主に北欧諸国、古くはケルトの文化を持つ国々のサンタクロースです。
例えば、アイスランドのクリスマスに登場するのは「ユール・ラッズ」と呼ばれる13人の怖いサンタ。彼らは日本のナマハゲのように、家にやってきて子供たちを脅し怖がらせる存在です。それぞれに特徴があって、家畜のミルクを飲んだり台所でボウルをなめたり食べ物を盗み食いしたりし、行儀のよくない子供には罰を与えます。12月12日から毎晩1人ずつ人里にやってきて24日に全員そろい、25日からまた1人ずつ帰っていくと言われています。
参考
ユール・ラッズ|ウィキペディア
子どもたちを震え上がらせる、怖くて悪いサンタたち アイスランド|AFP BB News
ノルウェーのトロルはクリスマスに人間社会にやってくる
このような怖いサンタの存在は、キリスト教が北欧諸国に伝わり、古来の宗教を飲み込み社会と文化を変容させていく過程で生まれたと考えられています。北欧の昔話や伝説などには「トロル」という名の超自然的存在が数多く登場しますが、これは北欧神話にも登場する神や巨人など古い存在が、性格変容した姿です。11~12世紀、北欧の国々ではキリスト教への国家的改宗が行われましたが、その後に、キリスト教の神と敵対するような怪物的・悪魔的性質を持つ存在へ変わっていったと考えられています。
トロルはしばしば人間と接触し、人間を襲ったり魔法をかけたりしますが、ノルウェーのトロルには「祝祭日に人間の世界にやってきてご馳走を食べる」という特徴があります。北欧のクリスマスは、古い冬至祭「ユール」がキリスト教化したもの。冬至は1年で夜が最も長く、超自然的存在の力が強まり活発に飛び交う日です。ノルウェーの民間説話の中には、冬至=クリスマスまたはクリスマス・イブに、トロルが人間世界にやってくる様子が残されているのです。
参考
粉川光葉(2013年)『北欧文化圏に伝承される超自然的存在“トロル”像 の変遷-ノルウェーとアイスランドの民間説話を中心に-』東北大学修士論文
火あぶりにされたサンタクロース
フランスの有名な文化人類学者レヴィ=ストロースは、1952年に、古来の異教の祭とキリスト教のクリスマス祭との関係について、ユニークな論文を発表しました。その論文は、フランスの街ディジョンで前の年に起こったショッキングな事件、厳格なキリスト教の聖職者と信者がサンタクロースの像を火あぶりにしたという出来事を受けて書かれています。なぜ、彼らはサンタクロースを火あぶりにしたのでしょう?
フランスも古くはケルト人の住む「ガリア」と呼ばれる地域でした。カエサルなどの遠征によるローマ化、ゲルマン人の移動と王国の統一などを経て、フランスはカトリック国になります。つまりフランスでも、キリスト教の文化は古いケルト文化を下敷きにして成立したわけですが、サンタクロースが火あぶりにされるに至った経緯は、キリスト教文化とケルト文化の関係よりもう少し複雑です。
事件が起こった20世紀の半ばは、第二次世界大戦が終わった後で、経済的に疲弊したフランスはアメリカの支援を受けて復興途上にあるときでした。フランス国内では、アメリカ風のクリスマス文化とサンタクロースが流行し、人気を集めます。フランス伝統のカトリック文化を厳格に守りたい信徒たちは、アメリカ風の消費文化に危機を感じそれが古来の異教の復活への恐れまで誘って、強い過激な反応を示したのです。
レヴィ=ストロース論文の主旨は、現代社会にも未開社会(※)以来の「野生の思考」が深層に根づいている、というものですが、別な見方をすれば、異なる宗教と文化はこうした緊張関係をはらんでいるということも見えてきます。慈愛と平和のイメージを持つキリスト教とクリスマスも、なかなか複雑な歴史的背景と事情を抱えていることが分かるでしょう。
※「未開」という言葉は否定的で下に見るニュアンスを伴いがちなので、今日の文化人類学では「無文字社会」「部族社会」といった言葉が多く使われています。
参考
レヴィ=ストロースの「火あぶりにされたサンタクロース|NHKテキストview
フランスの歴史|ウィキペディア
石川栄吉ほか編集(1994年)『文化人類学事典』弘文堂