義務教育の期間は変わったりするの?
現代では当然のように6・3・3・4制の最初の9年間が義務教育と思っていますが、社会の変化とともに義務教育の期間は変わり得るものです。歴史的な変遷や現代、存在する議論を見てみましょう。
日本国内の歴史的な変遷
学制:8年間
日本の義務教育のはじめは1872年に発布された「学制」です。学制の1条目は以下のようになっています。
厚クカヲ小学校ニ可用事
(引用元:三 学制の実施 | 文部科学省)
「あつくちからを小学校にもちうべきこと」と読みます。それまでに存在しなかった義務教育を、まず小学校から整えていった制度です。義務教育の修業年限は下等小学校4年、上等小学校4年の計8年としていました。
教育令:8年間から3年間へ(条件あり)
明治12年には「教育令」が発布されて義務教育制度が刷新されます。修業年限は変わらず8年間とされていましたが、通学させる下限「最短で16ヶ月」というものが別に設けられました。
しかしこの教育令は翌年には改正されます。下限が「3年(毎年32週通学の場合)」また、3年経過後も「相当の理由のない限り毎年16週以上通学させる」と規定されました。
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小学校令:3年間から6年間へ
1886年の「小学校令」で、初めて「義務教育」という言葉が使われるようになります。最初の小学校令では、義務教育期間は3〜4年とされました。これは「尋常小学校」(学制の下等小学校にあたる)卒業までの年限です。尋常小学校の上には「高等小学校」が設けられました。
この小学校令は複数回改正され、1907年の改正では尋常小学校の年限が6年になりました。これが現在まで続く6年制小学校の始まりとなっています。尋常小学校の年限が伸びるごとに、高等小学校の年限が短くなっていきました。
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国民学校令:8年間へ
太平洋戦争が激化し開戦する直前の1941年に「国民学校令」が発布され、尋常小学校・高等小学校は国民学校初等科・高等科(もしくは旧制中学)に改組されます。修業年限はそれぞれ6年・2年とされ、この計8年間が義務教育となりました。しかし戦時下の特例で高等科は終戦まで実施されませんでした。
こののち終戦後に日本国憲法が発布され、現在の義務教育制度へと変遷していきます。
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