終戦記念日とは?戦争の記憶を子供たちに伝えていこう ( 2 )

終戦記念日は海外と日本で異なる

終戦記念日は日本では8月15日と定められていますが、実は日本以外の国では終戦記念日の意味や日付が異なるといわれています。ここでは、ロシア・アメリカ・中国の3つの国の終戦記念日の見解について紹介します。

ロシアの場合

北方領土問題についての協議を行っているロシアですが、ソ連時代には9月3日を「対日戦勝記念日」と定めていましたが、ソ連崩壊後の2010年7月には、政権を受け継いだロシア連邦共和国議会によって、9月2日を「第二次世界大戦が終結した日」と制定する法案が可決されています。このため、ロシアにおける終戦記念日は、8月15日ではなく、9月2日となっています。

ソ連は1945年8月9日に対日戦を開始し、降伏調印が行われていた9月2日に北法領土の歯舞島攻略作戦を発動しています。9月5日には千島列島全島の占領を完了させたことから、9月2日はまだ終戦記念日とは呼ぶことができないとロシア側が判断していましたが、ソ連を含む連合国が調印式に参加していたことから、社会的理由で9月2日を終戦記念日と制定するに至ったといわれています。

降伏を要求する「ポツダム宣言」を日本が受諾し、占領地となった日本の最高責任者となったダグラス・マッカーサーにより、9月2日に降伏文書の調印式が行われ、正式に日本はこの日に独立国家となったとされています。そのため、ロシアにおいても、9月2日が終戦記念日として定めるのがふさわしいと判断されたと考えられます。

参考
日本人だけが8月15日を「終戦日」とする謎 | 外交・国際政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

アメリカの場合

アメリカにおいても、終戦記念日はロシアと同様に9月2日とされています。すでに8月14日には日本の降伏が報道されていたといわれていますが、当時のアメリカ大統領だったトルーマン大統領は、「対日戦勝記念日」は9月2日の降伏文書調印を見届けた上で宣言することを決めていたといいます。

日本の降伏調印式は1945年9月2日、東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ号で行われ、その状況はラジオの実況中継で全世界に流された。トルーマン大統領は、ラジオの実況中継後、全国民向けのラジオ放送で演説。その中で9月2日を正式にVJデーとし、第二次世界大戦を勝利で終えたことを宣言したのである。したがってアメリカの第二次世界大戦の終了は1945年9月2日ということになる。

(引用元:日本人だけが8月15日を「終戦日」とする謎 | 外交・国際政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

中国の場合

中国における終戦記念日は、9月3日と制定されています。

中華民国は中国大陸での戦闘の主役であり、連合国の一員としてポツダム宣言にも参加している。大日本帝国陸軍支那派遣軍は1945年9月9日に南京で正式な降伏調印をして国民党軍に降伏した。だが、国民党政府はミズーリ号上の降伏調印日である9月2日を戦闘の区切りとし、翌9月3日から3日間を抗日戦争勝利記念の休暇としたことから、中華民国では9月3日が記念日となったのである。

(引用元:日本人だけが8月15日を「終戦日」とする謎 | 外交・国際政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準,p3

しかし、中国では内戦などの情勢の影響もあり、中華人民共和国としての終戦記念日は、2014年2月に開催された全国人民代表者会議で9月3日と制定されるまでは、存在していなかったとされています。中国は9月3日を「日本の侵略に対する中国人民の抗戦勝利日」としており、2015年には空港を一時封鎖するなどし、大規模な軍事パレードを行っています。

国として正式な終戦はいつ?

ロシア・アメリカ・中国では、さまざまな事情に合わせて終戦記念日を制定していますが、日本における正式な終戦日が、果たしていつなのかについては、定まっていないともいわれています。

歴史を振り返ると、

1945年8月14日/日本政府がポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告

1945年8月15日/昭和天皇による終戦の詔書(玉音放送/録音)放送により、日本降伏を国民に公表

1945年9月2日/日本政府がポツダム宣言の降伏文書(休戦協定)に調印、即日発行

日本において第二次世界大戦(太平洋戦争)が終結したとされる日については諸説あり、明確にこの日!と定めるにふさわしい「終戦の日」はない

(引用元:世界の「終戦の日」は8月15日ではない!?  日付、呼び名、解釈が異なる世界の「終戦の日」| 日本気象協会 tenki.jp

しかし、天皇の肉声がラジオから初めて流れた「玉音放送」が敗戦の象徴として人々に受け止められたことから、現在では8月15日が「終戦の日」とされ、式典などが行われています。