リフレクションはなぜ注目されているのか? なぜ重要なのか?
国立教育政策研究所紀要第139集「『ふりかえり』と学習 -大学教育におけるふりかえり支援のために- Reflection and Learning: Fostering Reflective Learning in Japanese Higher Education」を見てみると、「リフレクション」は、価値観が多様化し流動性の激しい昨今、他者とかかわりあいながら自主的に生き、学び続けるために必要な能力だと主張。教育における「リフレクション」の重要性についても、下記のように記されています。
昨今のふりかえりへの注目は、「ティーチングからラーニングへ」「学習者中心」などのキーワー ドに表わされるように、ひとがいかに学ぶかについての構成主義的な理解が広まったことによるだろう。
構成主義自体についての詳細をここでは論じないが、もっともゆるやかに、最広義で説明するとすれば、学ぶという営みは個々人が自分自身で意味を紡いでいくこと、といえよう。
構成主義 的な学習観において「教員が何を教えるか」から「学習者が何を学びとるか」への視点の転換が主張されるのは、学習者自身が学んでいることを意識化し、確認していく作業(意味を構成=construct する)自体があってこそ学習であるという立場からである。ふりかえりは、この意識化・確認作業 と深く関連している。
Dewey(1916)は、経験から学ぶという文脈で、ふりかえりについて言及する。Dewey によれば、 「経験」は2つの種類に分けられ、その一つは行き当たりばったりの試行錯誤的なものであり、もう片方は「リフレクティブ(reflective)」(訳本では「熟慮的」)なものである。
後者の「熟慮的経験」 は「われわれがなすことと、生ずる結果との間の、特定の関連を発見して、両者が連続的になるようにする意図的な努力」(Dewey 1916=1975, 232)、つまり「思考」であるとする。そして、この思考によって、「目的(purpose)」に向かって行動することが可能となり、それは目標を持つために必要であるとする。
この内容から分かるのは、「類似のものと比較してどうか」「果たして成果に結びついているのか」客観的理解・判断するうえで、リフレクションがいかに重要であるかということ。
今私たちがやっている仕事は、「AIに全部とって代わられる時代」と揶揄されているものの、結局は人と人とのつながりが一番大切なのです。関わる人との関係を良好に保つうえで、自ら学び成長しようとする姿勢は必要不可欠です。
リフレクションの種類
自分と向き合うための貴重な時間でもある「リフレクション」には、「仮説検証」と「弁証法的探究」の2種類があります。それぞれどんな意味を持ち、どんなシーンで活用すべきなのかをご紹介しましょう。
仮説検証
「仮説検証」とは、自分が起こしたアクションが正しく目標に向かっていたかだどうか、その差異を検証するパターン。理想Aと結果Bを対比させ、AとBになぜ差が生じてしまったのか、どうすればその差を埋めることができたのかを検証するというものです。
また、ただ単に検証するのではなく、AとBの隙間を埋めるためにどういったアクションプランを立てるべきなのか、理想に近づけるための改善策を考えることも大切となります。
弁証法的探究
「弁証法的探究」は、結果に対して正するプロセスの良し悪しを振り返るリフレクション方法です。物事を効率化して生産性を上げるためには、最初のインプットで最大のアウトプットをすることが大事です。それが、最短距離で最大の成果をあげる一番の近道なのではないでしょうか。
そのためには、「ほかにどんな施作が考えられたか」「このアイデアはどうか」という具合に、実際に行っていないアイデアを考えることで、最短ルートで目標達成できるようになるのです。