教育者の定義とは?教師とどう違う?求められる資質や能力とは ( 2 )

教育者の資質とは

教育的な熱情・真剣さ

優れた教師の条件の第一は、教育的な熱情と真剣さではないでしょうか。

いいかげんな姿勢・おざなりな態度で子どもに接しているのでは、教育者として失格です。

(引用元:優れた教師が備えるべき資質・条件 | 文部科学省

タイトルには「優れた教師」とありますが、本文には「教育者として」という表現が2回出てきます。上記がその1つ目です。

「優れた教師は教育的な熱情・真剣さを持っているが、いいかげんな姿勢の教師は教育者として失格である」ということなので、「優れた教師」と「教育者」はこの文章でほぼ同義として扱われていることが分かります。

教育的力量

「教師は授業で勝負する」と言われてきたように、授業こそ教師が自分を賭ける場であり、また授業を見れば、その教師の教育者としての力量も見当がつくのです。

(引用元:優れた教師が備えるべき資質・条件 | 文部科学省

「教育者として」という表現の2回目はこちらです。「教育的力量」は、ここでは「授業によって生徒を教える力」と言い換えることができそうです。

授業は教科書を読んで板書をすればいいというものではありません。単元のポイントやつまずきそうな部分をあらかじめ把握し、どういう切り口で伝えるかを考える必要があります。

教科外の部分では、理解が遅い・早い子が同じクラスにいる中で、どう全体の集中力を保ちつつ授業を進めていくのかを考える必要もあるでしょう。教育者にはこのような授業を切り盛りする力が備わっている必要があるということです。

総合的な人間力

教師は、子どもとの関わりを通じて、自分の人間としてのあり方の全てをさらけ出してしまっているのです。この意味で、教師に本当に必要とされるのは、授業の技術や手法でなく、総合的な人間力なのです。

(引用元:優れた教師が備えるべき資質・条件 | 文部科学省

「人間力」という言葉は分かりやすいようでいて概念がつかみにくくもあります。しかし、「優れた教師が備えるべき資質・条件」では最終的に教育者が試されるのはこの部分だと言っています。

教師と子供の間にも人間関係があります。教師それぞれに、自分の性格的に付き合いやすい子供もいれば苦手な子供もいるでしょう。常に理想的な大人としての振る舞いができるわけでもありません。そのような中で子供たちに信頼されながら指導をしていくためには、教育者としての人間性・あり方といった部分が問われてくるということでしょう。