レッジョエミリア教育を支える人と環境
前回の記事では、レッジョエミリア教育の概要とCROLOFILLA幼稚園の施設についてお届けしました。第2回の記事では、CROLOFILLA幼稚園の授業の様子や先生の役割など、さらなる特色に迫ります。
感覚を刺激する教育
授業は、基本的にプロジェクト(授業)と呼ばれる一連の探究活動によって構成されます。実際の授業を見てみると、プロジェクトの過程の中で、触覚・視覚・嗅覚・聴覚・味覚といった感覚を刺激し育むものが多くありました。
例えばあるクラスでの授業では、ミックスジュースの材料を、視覚・嗅覚・味覚から考察する授業がありました。五感、センスをとても重要視しており、そのセンスに優劣はないとも話されていました。また別のクラスでは、顔と体の構造について学ぶというテーマで、それを粘土を使って自分の顔を見ながら、つくっていくというのを4、5人のグループになってやっていました。
特に印象的だったのはプールの授業でした。この園はレッジョの園でも珍しく園内にプールの施設を持っており、そのサイズはとても大きいとは言えないものでしたが、先生は「プールの授業は水泳を教えるのではなく、水を感じるためにある」と言っていました。プールの授業では水に触れることで、水を学び、水の言葉を体感するのです。
このようにして、さまざまなプロジェクトを通して、マテリアルの持つ言葉に触れ、子供たちが言葉を表現する機会が自然に作り出されていました。
授業を行うクラスルーム
子供の作品
教師の役割
レッジョでは教師は2つの役割に分けられます。
■アトリエスタ
前述のアトリエに配置されている教師で、彼らは芸術の専門家として子供たちの言葉の表現を技術的な面でサポートします。 この園には、キッチン、プール、アートのアトリエがあり、それぞれにアトリエスタが配置されていました。
3rdschoolの講師たちに話をするアトリエスタ
■ペタゴジスタ
教育の専門家の教師のことで、彼らは心理学的なアプローチで子供たちの中にある言葉を引き出していきます。 また他の教師を教育学的な面で指導のサポートをしています。
ペタゴジスタと子供たち
アトリエスタ、ペタゴジスタを問わず園内の全ての教師たちは、みな子供たちを深く尊敬していました。口を揃えて言っていたことは「子供たちは空っぽではない」ということでした。つまり大人が教えなければ何も分からないような弱い存在ではなく、子供たちの中に全ての課題を解決する要素と、才能、生きるために必要な能力、これらがすでに存在しているのだと。彼らは直接100の言葉という表現は使いませんでしたが、思想の根底に、子どもと向き合う大前提として、その概念が流れていることを感じました。
そして彼らは教師であると同時に、研究者でもありました。子供たちの様子を記録に残し、指導の合間で「ドキュメンテーション」を作成していました。
ドキュメンテーション
ドキュメンテーションは、子供たちが言葉を表現する瞬間を捉え記録した資料です。結果に注目するのではなく、結果までのプロセス、特に取り組む子供たちが「どんな選択をしたのか」に重点を置いています。言うなれば、100の言葉の保存、伝達、今後の進め方の指針となるような存在です。
これはレッジョエミリア教育において、非常に重要な役割を果たしています。子供たちにとっては、教室に掲示されることで、自身や友達が表現した言葉を見ることができます。保護者にとっては、園の中で子供たちがどんな活動をしているのか、またどんな言葉の表現をしているのかを知ることができます。そして教師たちにとっては、100の言葉について、そしてその言葉を引き出すためのさらに良いアイディアを創出するための貴重なデータとなるのです。
ドキュメンテーション①
ドキュメンテーション② 教室内にも掲示されている
地域との関係
レッジョの園と地域との関係はとても濃かったです。「地域一体でレッジョエミリア教育だ」という考えがあるようで、学びの場を学校だけに限定せず、プロジェクトに応じて積極的に校外学習に出かけていくそうです。子供たちが常に社会と触れ合う機会を設けていて、教師たちは「生活の全てが授業だ」 と話していました。またこの園では、放課後に園内の施設を地域に開放しており、園内のプールやアトリエを地域の子供たちも使用することができるようにしているそうです。
地域との関係性を説明するのに最も良い事例は、レッジョエミリアの園と「REMIDA」と呼ばれる施設との連携です。REMIDAは町のリサイクルセンターで、企業や家庭の廃棄物がこの場所に集められ、使える素材だけをリユースできるように加工する施設です。ここでは一般人向けに加工済みの素材を販売もしているのですが、多くの良い素材たちはレッジョの園に送られる仕組みになっているそうです。それはレッジョエミリア地域の教育への理解と協力があるからこそ、成り立っているシステムでした。
REMIDAの表札
REMIDA内
CLOROFILLA幼稚園を視察して
レッジョエミリアでは、人が何かを子供たちに教えるというのではなく、子供が自ら環境から学ぶという基本的な考え方がありました。ある先生は「どういうふうに見て、どうやって言葉にして表現しているかなんて説明できない。だから教えることをしない。子供たちが自分で経験して身につけるようにするんだ」と話されていました。
レッジョでは人(先生たち)も環境の一部でしかなく、「子供の言葉が引き出されるような環境」を整えるのが先生たちの役割なのだと感じました。そしてこの「環境」という言葉の中には、マテリアル、ドキュメンテーション、アトリエ、キッチン、授業、教師、保護者、社会とのつながりなどの全てが含まれています。
そのため、授業やプロジェクトを通して直接的に何かを教えるのではなく、全て環境を整えておいて、その中で子供に感じるままに活動させる。先生たちはそれを観察し、記録し、研究して、より環境を充実させていく。こういったことを積み重ねて、レッジョエミリア教育は今も発展し続けているのです。