教育の現場で使われているファシリテーションとは
やや抽象的な説明をしてきましたが、ここからは具体的な事例を見ていきましょう。特に、教育現場で行われているファシリテーションは、家庭運営や子育てにも参考になりそうです。
教師など大人同士の場でのファシリテーション
担任・副担任制を採っている学校や、特別支援学級などでは、教師がチームとなって授業やクラス運営に当たります。チームリーダーが他校から着任したばかりのある特別支援学級では、以下のような問題がチームの中にありました。
- 赴任してすぐのため、児童生徒の様子や現任校の文化などが分からないこと。
- 話し合いを行う際、単元や題材などを示す詳細な資料の作成が求められること。
- 話し合いや教材作りよりも、資料作成に時間を取られること。
- 話し合いでは、リーダーの提案に対する賛否の表明が多く、意見が少ないこと。
(引用元:特別支援学校の授業づくりにかかわるチームリーダーのファシリテーション|信州大学機関リポジトリ)
チームリーダー制を採っていながら、必ずしもリーダーの提案どおりに進めることができるわけではないこと、子供に対する接し方のノウハウなどが属人的になっていてシェアされていないこと、意見を出し合う機会が少ないことが分かります。教育を子育てに置き換えて考えてみると、家庭内で保護者同士が出会う問題とも重なってくるのではないでしょうか。
これに対して、チームリーダーがファシリテーターとなる話し合いが行われました。問題点がはっきりしていたので、話し合いの最初に問題意識や目指したいゴールなどが共有されました。続いての話し合いのプロセスは、「4つのデザイン」の考え方を基に段階的に展開できます。
話し合いのプロセス | 具体的な行動 | |
場のデザイン | 共有化 | 開始時にスケジュールとゴール、役割分担、話し合いのルールを確認する |
学び合いのデザイン | 発散 | ブレイン・ストーミングを行う |
グループサイズを変える | ||
ストラクチャード・ラウンドを行う | ||
混沌 | 意味が分からない言葉がないか確認する | |
必要な領域について網羅しているか確認する | ||
必要なゴールについて網羅しているか確認する | ||
実現可能なものであるか見当をつける | ||
誰が実行するのか確認する | ||
混沌から 収束へ |
詰問にならないように「なぜ」という質問をする | |
相手の真の意図を確認する | ||
モニターのデザイン | 意見の対立 | ゴールを再確認する |
対立意見に対し、すぐに防衛的に反応せず、一呼吸おく | ||
収束 | 同じ゙内容の意見をグループにしていく | |
予算、時間、人手、能力などの点から実現可能か確認する | ||
成長のデザイン | 共有化 | 何を行うか確認する |
いつまでに行うか確認する | ||
誰が行うか確認する |
(特別支援学校の授業づくりにかかわるチームリーダーのファシリテーション|信州大学機関リポジトリより筆者作成)
グループサイズを変えて、全員で話したり2人1組になってみたりする、同じ議題について全員が1人ずつ意見を述べる「ストラクチャード・ラウンド」を行うなどの工夫が見られます。「対立意見に対し、すぐに防衛的に反応せず、一呼吸おく」といった方法は特に参考になります。
ノウハウなどが属人的であったり、暗黙の了解に基づく習慣化がされていたりする場合は、それを知らない人に理解できるようにしないとグループとしての活動が進みません。曖昧な点について質問したり、「○○というのは△△のことで良いのですか?」などと意図を正確に確認したりするスキルがファシリテーターには求められます。
授業中に子供に対して行うファシリテーション
子供がファシリテーターになる場合
続いては、授業中にファシリテーションを導入する事例です。ファシリテーターは大人がやるものと考えがちですが、ある程度条件を揃えれば子供もその役割を担うことができます。
福岡県のある中学校では、3年生の理科の授業でファシリテーションを取り入れました。酸とアルカリの水溶液を混ぜた液の性質を調べる実験を基に、トイレのアンモニア臭がクエン酸で打ち消せるのはどういうことなのかを考える授業です。
意見を聞き出す | 班員の意見を聞き出し、班員全員に見えるように、ホワイトボードや学習プリントに書き出す |
意見をまとめる | 班員全員に出た意見を見てもらい、他に意見はないか聞き出しまとめる |
意見を絞り込む、整理する | 意見を整理し、特に重要な意見や必要な意見を絞り込む |
(ファシリテーションの導入を通して,対話的な学びの実現を図る理科授業|福岡教育大学学術情報リポジトリより筆者作成)
上記は実際に授業で行ったファシリテーションです。この授業では生徒がファシリテーターの役割を担ったので、大人同士のファシリテーションに比べるとやや簡素化された工程になっていることが分かります。
その中でも、参加者が意見を言う、意見を共有する、まとめて整理する、合意形成をするという必要なステップが踏まれています。ファシリテーターをする子供に事前にプロセスや方法論をシェアすることで、子供たちだけでもファシリテーションが可能になります。
大人がファシリテーターになる場合
同じ中学校の授業でも、教師がファシリテーターになることもできます。福岡県の別の中学校では、1年生の理科の授業で光の屈折を取り扱いました。水の中に入った光がどう屈折・反射するのかを図解するときに、中学校の授業では一般的に矢印を用います。
この矢印の書き方を個人で考えさせ、グループワークで理解を深め、解答へと近づいていくというのがこの授業の事例です。ファシリテーターは教師が務め、4つのデザインを基に段階を踏んで展開していきました。
この授業の特徴的なところは、個人での作業とグループワークを混ぜて行うことです。まずは個人で図解について考えさせ、続いてグループワークを行い、最後にまた1人ひとりが各自の解答を書き込みました。グループワークでほかの人の意見を聞くことにより、どのように各自の考え方が成長したのかを見るのがこの授業の主眼です。
生徒を教師がファシリテーションするので、必要以上に指導的になってしまわないことが必要とされます。そのため、ファシリテーターの側には以下のグランドルール(基本的なルール)が設けられました。
- 聴く
- 受け止める
- 待つ
- 訊く
- 楽しむ
(引用元:事実を科学に高める中学校理科の学習指導 - 教師のファシリテーションを通して -|福岡教育大学学術情報リポジトリ)
大人は子供よりも知識も経験も多いため、気をつけないと正誤で判断したり、指示したりしてしまいがちです。ファシリテーションの基本は「縁の下の力持ち」です。大人と子供の間でのファシリテーションは、ある程度受け身な姿勢で取り組むことがポイントとなるといえそうです。
まとめ
ファシリテーションの能力を伸ばすには、実戦を重ねることが最も効果的だといわれます。家庭内での話し合いはもちろん、「夏休みの旅行はどこに行く?」といったカジュアルな話題などにもファシリテーションを取り入れていくと、少しずつ実力がついていくのではないでしょうか。
参考
特別支援学校の授業づくりにかかわるチームリーダーのファシリテーション|信州大学機関リポジトリ
ファシリテーションの導入を通して,対話的な学びの実現を図る理科授業|福岡教育大学学術情報リポジトリ
ファシリテーションがもたらす社会的インパクトの考察–直近3 年間100 件の任用事例から導く社会的要請の実相–|広島修道大学学術リポジトリ