どっちの方が音楽的に有利なの?
基準音がなくても音が正確に分かる絶対音感と、基準音をもとにして音を把握する相対音感。音楽的にはどちらの方がより有利なのでしょうか。
日本では絶対音感を重視する教室が多い
日本の音楽業界では、絶対音感の方が優れているという考え方が強いようです。音楽を習ったことのある人なら、なんとなく絶対音感に憧れを持っている方も少なくないのではないでしょうか。
実際に、日本の音楽教室では「絶対音感コース」のようなものを設置しているところもあります。また、プロを目指す人は和音を正確に聴き取る「聴音」のトレーニングをじっくりと受けます。
絶対音感を持っている人は1万人に1人、という説を聞いたことがある人もいるかもしれません。しかし、この推論の元となる調査は80年近く昔のものである上に、調査方法に疑問点が多く残っています。絶対音感の割合についてはこちらの記事でも詳しくご紹介していますので、ご覧ください。
参考
海外との比較調査ではどうなっている?
日本の音大生は絶対音感率が高い
2012〜15年にかけて、科学研究費助成事業で「音楽学生における絶対音感と相対音感の国際比較」という課題が研究されていました。これによると、日本の音大生は絶対音感の比率が高いと考えられる結果が出ています。
絶対音感テスト | 正答率の中央値 | 90%以上の正答率があった人の割合 |
新潟大学教育学部音楽専攻 143人 | 0.75 | 35.0% |
京都市立芸術大学音楽学部 175人 | 0.95 | 60.0% |
(音楽学生における絶対音感と相対音感の国際比較 | KAKENより筆者作成)
上記の表は、いわゆる絶対音感テストを音大生に対して行った結果です。中央値とは、数値を大きさ順に並べたときに真ん中にくる値です。1〜100までの数の中央値は50になります。そのため、正答率の中央値が0.5を大幅に上回ったこの結果は「比較的高い割合で絶対音感の人がいる」と言えるでしょう。
実際、90%以上を正しく回答した人の割合もそれなりにあります。この90%以上の正答率を絶対音感とするなら、「絶対音感とまでは言えなくても音高をかなり正しく捉えられる人が多い」ということができそうです。
海外の音大生は相対音感率が高い
一方、海外の音大生は日本ほどの結果が出ていません。同報告書の結果を見てみましょう。
絶対音感テスト | 正答率の中央値 | 90%以上の正答率があった人の割合 | 大学のある国 |
首都師範大学音楽学部 94人 | 0.367 | 6.0% | 中国 |
中央音楽学院 63人 | 0.667 | 25.4% | 中国 |
上海音楽学院 103人 | 0.533 | 27.7% | 中国 |
ショパン音楽大学 127人 | 0.150 | 11.0% | ポーランド |
マルチン・ルター大学音楽学インスティテュート 61人 | 0.075 | 0% | ドイツ |
ミネソタ大学音楽学部 100人 | 0.083 | 0% | アメリカ |
(音楽学生における絶対音感と相対音感の国際比較 研究成果報告書 | KAKENより筆者作成)
正答率の中央値も、90%以上の正答率も、日本と比較すると圧倒的に少ないのが分かります。特に、マルチン・ルター大学とミネソタ大学では「絶対音感を持つ人がいない」と言える結果が出ています。
日本も海外も音大生を対象に調査を行っています。大学ごとの平均で見たとき、音楽家としての学生の実力にはさほど差があるとは言えないでしょう。これらの結果により、日本では子供のときから絶対音感トレーニングをしっかり受けている音大生が多い一方、海外では特段絶対音感を重視したトレーニングをしていない傾向があるという可能性が考えられます。
ちなみに、上記の大学で相対音感についてもテストしたところ、概ね絶対音感の生徒が多い大学では相対音感が少なく、絶対音感が少ない大学では相対音感が多いという結果が得られたそうです。絶対音感か相対音感、どちらかの能力をしっかり伸ばせば、演奏家としてもそれなりに上達すると考えられます。
音楽的に何を目指したいかによっても変わる
楽器や歌を習ったことがある人は、「しっかり聴きなさい」と指導されたことが一度ならずあるのではないでしょうか。これは独奏のときはもちろん、合奏のときにも必要なことです。周りの音と自分の音がしっかり調和しているか、音程がおかしくないか、リズムは合っているかという点を把握できると良い演奏になるからです。
そのため、音楽家に必要なのは相対音感であると言う人もいます。相手の音と自分の音を相対的に聴く能力の方がより重要だということです。
一方、作曲をしたり、楽譜を書いたり、耳で聴いた音を再現する(いわゆる耳コピ)をするには絶対音感が有利だという考え方もあります。絶対音感は音そのものを把握できるので、一度聴いただけで覚えたり、聴いたり歌ったりしたものを楽譜など別の形にアウトプットするときに便利だからです。
これらをまとめると、音楽的に何を目指したいかによって使う力が変わってくると言うことができるでしょう。もちろん両方を鍛えられれば便利でしょう。ただ、絶対音感を頑張ってトレーニングしてもなかなか身につかない人もいます。しかし、そういう人が音楽に向いていないというわけではありません。あくまで音楽を楽しむための方法、能力として、どのくらい重視して伸ばしていくのかを考えていくといいでしょう。
まとめ
絶対音感・相対音感の定義上の違いや、海外との比較などをご紹介しました。子供に音感のトレーニングを受けさせるときは、何を目指すのかを事前にイメージしておき、全体的な音楽性の向上に役立ててみてください。
参考
絶対音感の定義・形成・符号化をめぐる問題 | J-STAGE
音楽学生における絶対音感と相対音感の国際比較 研究成果報告書 | KAKEN
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