映画と原作では感じ方が違う!『火垂るの墓』の読書感想文の書き方

夏休みの終戦の時期になるとテレビで放映される『火垂るの墓』は、スタジオジブリのアニメ映画が有名ですが、原作は著者の野坂昭如氏の戦争体験を多分に取り入れた作品です。同時に発表された『アメリカひじき』と同じく直木賞を受賞しています。

今回の記事では、小学校高学年から中学校で題材に選ばれることが多い、『火垂るの墓』の読書感想文の書き方をご紹介します。あらすじを踏まえながら、どのような視点で読書感想文を書けばいいのかを例を交えながら解説します。なかなか読書感想文が書き出せないときのヒントになれば幸いです。

『火垂るの墓』のあらすじ

アニメ映画でも同様ですが、物語は神戸の三宮駅で14歳の清太が栄養失調で衰弱死する場面から始まります。そして、物語は戦時中にさかのぼり、清太の妹である節子が衰弱死する場面を山場に、清太の死までをたどっていく流れになります。物語は、淡々とした文体で語られ、清太と節子の関西弁のせりふが時折温度感を伝えてくれます。

神戸大空襲と疎開

冒頭で、清太が衰弱死する場面の終わりに、駅員が投げ捨てたドロップからすでに亡くなっていた節子の骨が飛び出し、近くにいた蛍が20~30匹一斉に飛び立つという描写があります。

その後、神戸大空襲の場面に切り替わります。清太と節子の母は体が弱く、父は出兵中で音信不通になっているという事実が淡々と語られ、神戸大空襲のすさまじい様子が描かれています。清太は母を防空壕に入れて、節子を背負い海の方へと逃げていきます。

空襲がおさまった神戸の街は、火の海になっており、母は全身やけどの大けがをしています。一言も言葉を交わすことなく、母は亡くなります。そして、お互いに焼けたら身を寄せる約束になっていた西宮の親戚の家に疎開することになるのです。

親類の家での確執

疎開先には、未亡人のおばさんと商船学校在学中の息子と娘、神戸関税に勤める下宿人が住んでいました。初めは、母の着物や物資があったために、母を失った不幸な兄妹として見られていました。しかし、だんだんと助け合いをしない清太に対しての当たりが強くなってきます。

すぐに出て行けとは言われませんが、ほかの親戚に連絡したらどうか、という内容のことを言われ、食事もきっぱりと分けられてしまいます。その後も、疎開先のおばさんとの関係はうまくいかず、小言をたびたび言われる日々が続きます。文句を言わなかった節子も、家に帰りたいと言うようになり、疎開先のおばさんの家を出て横穴に住むことにします。

横穴はただの洞穴ですが、荷物や布団、蚊帳、台所道具を持ち運び、2人だけの生活を始めます。

節子の死

横穴での生活は、農家に行って母の着物と米を交換してもらうというものでした。次第に、清太の両手の指の間に湿疹ができるようになり、節子は衰えていきます。

社会とのつながりもなく、食料を手に入れることがどんどん困難になります。節子のあばら骨は日ごとに浮き出すようになり、疥癬(かいせん:皮膚疾患の一種)にかかってしまいます。

清太は節子に食事をさせるために、近くの農家の野菜を盗むようになります。時には、農夫に見つかりさんざん痛めつけられた揚げ句に、警察に突き出されることもありました。それでも生きるために警報が鳴るたびに火事場泥棒を繰り返します。

節子の疥癬はひどくなり、下痢は止まらなくなります。医者に見せても滋養をつけるしかないと言われますが、清太にはその術がありませんでした。そして、貯水池で泳いで横穴に戻ると節子は死んでいました。節子が死んだのは8月22日。終戦が決まった1週間後のことでした。

その後、清太は生きる気力もなく、三宮駅で力なく座り込み、今日は何日かと考えながら息を引き取っていきます。