七夕の歌の歴史は千年以上?
七夕の歌として親しまれている『たなばたさま』について見てきましたが、歌の定義をより広く取って詩歌にまで広げると、七夕の歌の歴史は千年を超える長さとなります。
以下、七夕を歌った漢詩や和歌についてご紹介します。
中国の詩歌に歌われた七夕
七夕の起源である七夕伝説が最初に登場するのは、中国の南朝時代編纂の詩文集『文選』に収められた「古詩十九首(第十首)」です。
通釈を引用します。
ひこ星ははるかかなたにあり、 こちらには織り姫がきらめく。 織り姫はきゃしゃな白い手を抜き出して、 さっさっと音立てながら、 機のひを動かしている。 だが、 ひこ星を思うままに、 ひねもす織り続けても、 あやができあがらず、 涙が続いて、 雨のようにしとど落ちる。 天の川は、 澄んでいてそのうえ浅く、 それに互いの距離は、 どれほどもない。 とはいえ、 一筋の川が、 水をたたえて隔てているからには、 じっと見交わすだけで、 話し合うこともできない。
(引用元:七夕伝説の比較文化-中国、 日本、 韓国朝鮮、 ベトナムの比較-|ROSEリポジトリいばらき, P102)
彦星が見える距離にいるにもかかわらず、天の川を越えられないので話すらできないと涙する織姫の心情が歌われています。
「古詩十九首」に収められたこの詩の成立年代は正確には分かっていませんが、『文選』の編纂者である昭明太子が6世紀の人であることから、1,500年近く前にはすでに存在していたことは間違いないでしょう。
七夕と和歌
七夕伝説は遣唐使によって日本に伝えられました。現存する日本最古の和歌集である万葉集には、柿本人麻呂や山上憶良の歌を始め、134首もの七夕の歌が収められています。
このことから、奈良時代にはすでに日本の知識層の間で七夕の物語が広く浸透していたこと、織姫と彦星のロマンチックな物語が当時の人々の心を掴んで離さなかったことをうかがい知ることができます。
おわりに
『たなばたさま』の歌詞の意味を中心に、七夕を歌った和歌や漢詩まで紹介してきました。七夕を行事として楽しむ子供の姿を美しく描写した『たなばたさま』、七夕伝説について思いを巡らせ漢詩や和歌に歌った先人たち、これら「七夕の歌」の背景を探ることは、千年の時を超えて七夕に魅せられてきた人々の営みを垣間見ることにつながります。この記事でご紹介した内容が、子供に七夕について話す際の参考になれば幸いです。
参考
保育者養成における音楽指導に関する一考察(その3)学生の歌詞理解の実態と問題|静岡県立大学短期大学部研究紀要
七夕伝説の比較文化-中国、 日本、 韓国朝鮮、 ベトナムの比較-|ROSEリポジトリいばらき
作品コード 046-0101-7 たなばたさま|JASRAC
『七夕に関する意識と実態』調査|Mpac-マーケティング情報パック
「きらり言葉」見つけよう – 花まる先生公開授業|朝日新聞デジタル
七夕の由来と七夕伝説~なぜ「たなばた」というの?|All About
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