こどもの日までに確認しておきたい!鯉のぼりの意味や由来について!

毎年こどもの日になると、空を泳ぐ鯉のぼりは日本の風物詩として楽しまれます。幼稚園や小学校でも鯉のぼりの絵をかいたり工作をしたりすることがあるのではないでしょうか。ただ、意外と知らないのが鯉のぼりが日本全国に普及している経緯や、鯉のぼりに込められた意味です。

今回の記事では、鯉のぼりの起源や歴史をたどりながら、鯉のぼりの意味をご紹介します。ぜひ、子供と一緒に日本文化をふり返る機会にしてください。

鯉のぼりの起源と歴史

こどもの日が近づくと当たり前のように鯉のぼりの話題が世間をにぎわせます。しかも、全国津々浦々で鯉のぼりは存在しています。では、いったいいつから鯉のぼりは日本中に広がったのでしょうか? まずは、鯉のぼりの起源と、鯉のぼりが広がるまでの歴史を確認していきましょう。

武家の風習が起源

こどもの日は、そもそも中国の漢の時代の「よもぎ」や菖蒲(しょうぶ)などの薬草をつむ習わしが日本に入ってきて「菖蒲の節句」となったのが始まりです。これが武士の時代に、男の子の出世を願って「尚武の節句」へと変わっていきました。いまでも端午の節句に菖蒲をお風呂に入れる地域や家庭もあることから、端午の節句の起源を感じることができます。

室町時代末期には、尚武の節句になると「幟(のぼり)」や「馬印」を揚げるようになったと言われています。また、家の中には虫干しも兼ねて鎧や兜、太刀、太鼓などを飾るようになりました。これには、勇ましい武士になってほしいという願いが込められていたようです。

江戸時代に商人の間に広がる

江戸時代になると、身分的には武士よりも低いものの、裕福な商人が数多く生まれてきます。そんな江戸時代の商人が、武士の風習を真似て、派手な絵を描いた幟を絵師に描かせて端午の節句を祝うようになります。

商人の幟にはさまざまな縁起物が描かれるようになり、次第に「節句のぼり」と呼ばれるようになりました。その縁起物の絵の中に、「鯉の滝登り」を描いたものが人気を集め、絵が立体的になり、現在の鯉のぼりと同じ姿に変わっていったのです。こうして、武家の週間だった鯉のぼりは、商人の間にも広まり一部の特権階級だけの風習ではなくなったのです。