履歴書の未来を考える:過去の変遷とグローバルスタンダード
日本の履歴書の歴史と記載項目の変化
現在の手書き履歴書のスタイルは、伝統に根づいた日本企業の強固な文化のように思えますが、歴史を振り返ると、様々な変遷を経ていることが分かります。明治・大正から昭和25年頃までの履歴書は、墨で一字一字書いた書道作品のようなスタイルでした。現在のような履歴書用紙ができたのは、昭和28年のことです。
しかし、昭和28年の形が現在にそのまま続いている訳ではありません。記載項目や紙のサイズなど、時代の変化とともに多くの変更が加えられました。
昭和28年 | JIS規格Z8303として標準様式が定められる
大きさはB判、表に氏名、生年月日、家族などの記入欄、裏に経歴の欄というスタイル |
昭和31年 | JIS規格が改正
履歴書に初めて写真欄が設けられる |
「本籍地」「家族」などの記載は差別につながるという大々的な議論が起こる
履歴書メーカーは項目を削除する対応に迫られ、市場に出回っていた履歴書も回収 |
|
昭和48年 | 上記の問題を受け、JIS規格から履歴書が削除される |
昭和49年 | 履歴書のJIS規格復活を望む要望多数
JIS規格Z8303に現在とほぼ同じ形の様式が再掲される |
平成2年 | 用紙の規格をB判からA判にする/しないの大論争が起こる
結果的にB判原則に落ち着く |
平成10年 | B判原則が覆り、A判を原則とすることになる
「印鑑」の欄が削除される |
平成20年 | 母子家庭差別を防ぐなどの目的から「保護者」の欄が削除される |
参考
英文履歴書の常識と「記載してはいけない項目」
こういった紆余曲折を経た現在の履歴書ですが、日本の履歴書は、世界的に見ると独特なものです。英文履歴書には、日本のように統一された様式がありません。一定のルールのもと、応募者が比較的自由な形で自己の経歴をアピールします。最もよく使われる「コンビネーション・レジュメ」というスタイルでは、次のような項目をA4用紙1枚に列記します。
- 氏名、連絡先(PERSONAL INFORMATION)
- 希望職務/職種(OBJECTIVE):志望する職/職種とその理由を記載
- スキル(QUALIFICATIONS):希望職務を行う能力があることが分かるように、関連項目に絞って記載
- 職歴(WORK EXPERIENCE):職歴を新しい順に記載
- 学歴(EDUCATION):最終学歴の学位、学校名、所在地、学位を取得した年を記載
一方、書いてはいけない項目もあります。NG項目は次のようなものです。プライベートな事柄や差別につながる事項は書かないことが英文履歴書のルール。仕事に関係なければ、履歴書には不要な情報なのです。
- 生年月日
- 年齢
- 性別
- 顔写真
- 配偶者、子供の有無
- 家族構成
- 通勤時間
日本でも本籍地や家族構成、保護者などの項目が削除されてきたわけですが、年齢や性別、顔写真もNGというのは、驚きの感覚かもしれません。しかし欧米諸国では、雇用における差別の禁止がひとつの潮流となりつつあります。
アメリカでは1967年に「雇用における年齢差別禁止法 The Age Discrimination in EmploymentAct of 1967(ADEA)」が、欧州連合(EU)では2000年に「雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定する指令(雇用均等指令)」が成立。EUの「雇用均等指令」は年齢を含む4つの事由に基づく雇用差別を禁止するもので、EU加盟各国の政策が大きく前進しました。
より公平で客観的な採用の実現を目的とするものに「匿名履歴書」があります。匿名履歴書とは、氏名、年齢、性別、顔写真、配偶者・子の有無など採用差別を生じさせる項目を削除し、資格や職業能力だけを記載するものです。アメリカ、イギリス、カナダなどではほぼ匿名履歴書に近い形が一般化しており、ヨーロッパ諸国でも試験導入により効果と実現可能性が検討されています。
移民の多い国では特に、外国籍であることが分かりやすい氏名を記載するか否かが論点となります。2010年に行われたドイツの連邦非差別局(ADS)のパイロット調査では、匿名履歴書の使用は移民や女性の書類選考通過を増やすという効果が明らかになりました。
参考
【初めての方】英文履歴書(英文レジュメ、CV)の書き方&テンプレート付き | 人材派遣・人材紹介のマンパワーグループ
大嶋寧子(2007年)『欧米諸国における年齢差別禁止と日本への示唆』みずほリサーチ June 2007
匿名履歴書、移民・女性にプラスの効果-連邦非差別局パイロット調査 海外労働情報|独立行政法人労働政策研究・研修機構
テンプレート化した様式は果たして必要?
日本の履歴書様式は、JIS規格に基づくものが主流です。JIS規格とは「日本工業規格(JAPANESEINDUSTRIAL STANDARD)」の略称で、工業製品の規格を定めるものですが、この中の「帳票設計基準」という規格に履歴書の様式も含まれます。
このような統一フォーマットの履歴書は、日本以外にほぼ存在しません。日本法令は、履歴書の取材に来たイギリスの記者のエピソードを紹介しています。
まったく個性の感じられない金太郎飴のような履歴書で、採用担当者が記入された字を見て人物判断をするという不可思議な状況にビックリしていたようです。(中略)英国の記者とも、ひょっとすると、戦後の日本企業が、規格が統一された金太郎飴のような社員を要望していたことと連動するのではないか、などと話し合ったものです。
(引用元:りれきしょ近代博物館|日本法令)
履歴書をパソコンで作成するか手書きするか、という議論に戻れば、同じ様式を使い枠の中に必要事項を記入していく時点で、もはやパソコンも手書きも大きな違いはないのかもしれません。それは単純に使用するツールが違うだけです。わたしたちはこれから「採用に必要な応募者の情報とは?」「企業にアピールすべき内容とは?」といった、より本質的な問題に思いを巡らすべきなのかもしれません。
おわりに:就活ルールもおそらく変化していく
履歴書に限らず、日本の就職活動は今後変化していく可能性が高いと思われます。P&Gのヘアケアブランド・パンテーンの「就活のスタイルをもっと自由に」という広告や、職場でのヒールやパンプスの義務づけに異議を唱える「#KuToo」運動など、常識とされていた不文律を解体しようとする動きは始まっています。画一的な新卒募集スケジュールや無限定な勤務地・勤務内容・勤務時間を前提とした採用などに、多様性を求める有識者の提言も行われました。新卒一括採用や終身雇用すら、変わっていくかもしれません。
履歴書はパソコンか手書きかという議論も、少し先の未来には何の問題にもなっていない可能性があります。そして現在どうするかを考えるなら、「どんな職場でどんな働き方をしたいか」「そのためにはどんなアピールが有効か」という戦略のひとつだと捉えれば、自分なりの答えが見えてくるのではないでしょうか。
参考
「就活をもっと自由に」CMで訴えるP&G- 就活生の違和感と企業の本音埋めたい | Business Insider Japan
ヒールパンプスで就活断念した元就活生「履けない私は出来損ない」。#KuToo は身体的ダメージだけじゃない | Business Insider Japan
独立行政法人労働政策研究・研修機構(2017年)『多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会報告書』