レポートに「思う」はNG?文章表現と言葉遣いの基礎を学ぶ

大レポートを作成する時に『「思う」を使ってはダメ? 「です・ます」で書いてはいけない?』など、レポートのルールに戸惑ってしまうでしょう。関西大学『レポートの書き方ガイド』、立教大学『Master of Writing』の2つの学生向けテキストを主な参考文献とし、レポートの文章表現と言葉遣いの基礎をご紹介します。

そもそもレポートとは一体何?

レポートは作文や感想文とは違うもの

レポートとは、ある問題に対して自らの考えや主張を述べるものです。レポートが作文や感想文などと異なるのは、その主張が個人的な見解や主観、憶測に基づくものではなく、客観的な理由や根拠に基づくものであるという所です。「思ったこと」「感じたこと」「心に浮かんだこと」を書くのではなく、資料やデータなどから論理的に結論を導き出し、読み手に納得が行くよう示すことが求められます。

レポート課題の代表的なものは、以下のとおりです。

  1. 自分で調べ、考えて書くレポート
  2. 集めた資料を根拠として、自分の主張を論理的に述べる(論証する)。

  3. 整理・まとめ型のレポート
  4. 集めた資料や授業内容を整理・説明する。

  5. ブックレポート
  6. 指定された文献を要約したり、内容に対する意見を述べたりする。

  7. 実験・実習・フィールドワークなどで得たデータをまとめ、考察するレポート

大切なのは「論理性」と「考えの根拠」

作文や感想文、小説やエッセイなどは、文章表現や言い回しの巧みさ、読み手の心を動かすことなどが重要です。しかしレポートでは、上手な文章を書くことや美しい言い回しを使うことなどは必要ありません。レポートを書く際に大切なのは、論理性があること、考えの根拠が示されていることです。レポートの文章表現を考える際には、この点が重要になってきます。

レポートの文章表現①:「思う」は基本的に使わない

「思う」は主観的な心情を表す言葉

レポートで意見を述べるときには、「……と思う」 という文末表現を使わないように指導されることが一般的です。なぜ、レポートでは「思う」を避けるべきなのでしょうか。それは、レポートの「論理性」と「根拠の妥当性」というポイントに関わってきます。

「思う」という表現は、書き手が感じたり思ったりしていることを表す文章表現です。書き手の主観的な判断や考えを示すため、「事実に基づいて分析や考察をした結果、このように結論づけることが妥当である」ということを明示できません。また、「わたしは……と思う」と述べることは、「わたし以外の人は……と思わない」ということも含意します。 

レポートでは事実に基づく分析や考察からの結論が求められる

レポートでは、客観的な理由や根拠に基づく主張を述べることが求められます。事実や具体的なデータなど、根拠をもとにした分析や考察を進めた先に結論が導き出されます。アメリカの大学では、「あなたがどう感じているかは、学問研究とはなんの関係もない」ということで、「I think……」という表現が厳しく禁止されるのだそうです。

望ましいのは、「……である」という断言や、「……と思われる/考えられる/言える」などの表現、「……と推測する/推察する」などの表現です。分野によっては、主観的な考察を求められるレポート課題が出されることもあります。自分が書こうとしている内容が客観的な考察からの結論なのか、主観的な意見表明なのか、意識的に書き分けることが大事です。

レポートの文章表現②:曖昧な表現を避ける

当て推量や断言、主語のはっきりしない文は書かない

主観と客観を区別して議論を明快に展開するために、レポートでは曖昧な表現を使わないようにします。曖昧な表現としては、次のようなものが挙げられます。

  1. 意味が複数にとれる文:修飾-被修飾の関係が限定的でないなど、意味が特定しづらい文
  2. 具体性のない表現:「多い」など幅広いレベルを含む表現
  3. ねじれ文:主語と述語が対応していない文

そのほか、避けたい文末表現としては次のようなものがあります。

  1. 外部からの情報に基づく推測(らしい、ようだ、そうだ)→書き手の責任逃れ
  2. 強い確信(はずだ、に違いない)→書き手の思い込み
  3. 他者からの伝聞(そうだ、という)→情報の匿名性 

また、受動態で書くことは、何が主語であるのかを曖昧にしてしまいます。「○○審議会は、答申で□□と提案している」のように能動態で書く方が、主語と述語の関係をはっきり示すことができます。

根拠やデータに支えられた主張で説得力を

説得力のあるレポートを書くためには、その主張が確かな根拠やデータに支えられていることを示す必要があります。そのためには、まず自分の主張を曖昧さのないかたちで明確に表現することが大切です。逆に言えば、曖昧にしか書きようがなく行き詰ってしまうようなときは、根拠やそこからの考察過程が本当に確かなものなのか、見直してみる必要があるでしょう。