義務教育の世界的な歴史
明治維新後に義務教育制度を作っていった日本は、先進国である欧米の教育制度を参考にしています。先駆けとなる各国では、義務教育制度はどのように作られていったのでしょうか。
近代的な義務教育はプロイセンから
近代的な義務教育はプロイセン王国(現在のドイツ)から始まったというのが現在の通説です。日本でも寺子屋などのシステムがあったように、義務教育以前のヨーロッパ社会にも教会や地域共同体が運営する教育施設が存在しました。しかし、フリードリヒ大王とも呼ばれるフリードリヒ2世は、農村出身者の多くが読み書きができないことが気がかりだったようです。
農村学校制度に対するフリードリヒ大王の唐突の関心が、7年戦争において、読み・書き・計算、就中書くことのできるものが少なかった為に、軍隊の中核である下士官の補充ができなかった、という軍事的考慮に基づいているのを、明瞭に看取することができるであろう。
(引用元:(6)「一般地方学事通則」の成立過程と性格 : 絶対主義の段階におけるプロイセン義務教育制度の特質について | 日本の教育史学 160ページ)
戦争をする際には情報を正確に伝達するために読み書きができる人材が必要になります。軍国として成長していたプロイセンには優秀な兵卒がたくさん必要でした。
最初の義務教育に関する法令「一般地方学事通則」は、このように軍備増強を目的として1763年に作られました。最初の義務教育と言われるように、就学の義務を記載したところがこの法令の大きな特徴です。
産業革命後は貧困の打開策としての教育が注目された
このように、初期の義務教育はあくまでも国益のための制度であり、教育を受ける国民の利害はあまり考慮されていなかったと言えます。しかし、19世紀の産業革命後は、貧困打開策としての教育というものが注目されていきます。
1840 年前後の手織工世帯において,教育をうけることができない世帯が存在したことから,1830 年代から中央政府の教育への介入が開始し,教授方式の普及に伴い学校数が増加していった。そして,1840年以降,より多くの者に教育をうける機会を与えるため,中央政府により新しい教育制度がつくられていった
(引用元:産業革命期イングランドにおける労働者世帯の教育 : 手織工世帯を事例とした考察 | 大阪大学リポジトリ 35ページ)
引用文にある19世紀前半のイギリスではまだ義務教育制度というものは誕生していませんでした。しかし、庶民の貧困を解消し、治安を安定させ、国力を上げるためには基礎的な教育を行うことがいいということが次第に判明し、国がそのために予算や制度を作っていきます。これが変遷して現在の義務教育へとつながっていきました。
現代の義務教育、海外では?
さまざまな歴史的変遷を経て、現在の海外では義務教育はどのようになっているのでしょうか。各国の事情を調べてみました。
ドイツ
プロイセン王国の流れを組む現代のドイツでは、義務教育の年齢は6~15歳(一部の州は16歳)です。ほぼ日本と同じですが、費用は高等教育まで無償となっています。
ドイツの場合、義務教育期間中の中等教育から将来の進路別に学校を選ぶようになっています。受けたい高等教育の種類、なりたい職業などに従ってどの学校に行くか決めなくてはなりません。
参考
ドイツの学校制度と職業教育(ドイツ:2004年6月)フォーカス | 労働政策研究・研修機構(JILPT)
イギリス
産業革命期に公教育を進めていったイギリスも独特の制度を持っています。義務教育の年齢は5歳の誕生日から16歳(16歳の誕生日から離学が可能)となっていましたが、2015年より18歳までに引き上げられました。イギリスの場合、義務教育とは「教育を受けさせる義務」であり、学校に行かせる義務「ではない」ところがポイントです。
イギリスの上流階級は古くから家庭教師を雇って子供を教育していました。また、裕福な家庭がハイレベルな大学を目指すための「パブリックスクール」もよく知られています。このような法制度が整う前から存在していた教育制度も認めつつ、一般の国民向け公立学校も設置しているという複雑な制度となっています。
また、義務教育の後半では職業訓練も教育に含まれています。全部の子供が必ずしも似たような課程を経て義務教育を修了するわけではありません。
参考
イギリス教育制度のシステムと特徴をわかりやすく(幼児から大学まで) | news from nowhere
アメリカ
アメリカの義務教育は6~18歳です。微妙に就学年限が異なりますが、ほぼ日本の小・中・高校に近い区分になっており、日本の感覚で言えば高校までが義務教育ということになります。
アメリカの義務教育の特徴は公立学校のみが対象となっているということです。私立学校やホームスクーリングは「就学免除」という扱いになります。私立は義務教育ではないため、行政からの補助金などはありません。
参考
アメリカの学校・教育制度 アメリカ生活大事典|現地情報誌ライトハウス
韓国
日本の隣国韓国の学校制度は、日本と同様の6・3・3・4制です。このうちの小学校・中学校9年間が義務教育となっています。日本との大きな違いは、小学校が有償であることです。
参考
諸外国・地域の学校情報(国・地域の詳細情報)国・地域名:大韓民国 | 外務省
スイス
スイスの教育制度はドイツに似ています。義務教育年齢は6~15歳と、就学前の1〜2年です。多言語国家なので、地域によって勉強する第2言語が異なります。
義務教育は中学校で終了し、そのあとは進路の希望に従って進学先を決めます。基本的には成績の良し悪しと本人の向き・不向きによって進路が限定されてしまうという教育制度になっています。
参考
諸外国・地域の学校情報(国・地域の詳細情報)国・地域名:スイス | 外務省
まとめ
制度として当然と思ってしまいがちな義務教育ですが、歴史的な過程や国によって違いがたくさんあるということが分かりました。読み書きや計算能力があることは当たり前のようでいて、長い歴史の中で庶民が獲得してきた権利でもあります。子供達のより良い明日を作っていくためにも、さらに良い義務教育について考えていきたいものです。
参考
三 学制の実施 | 文部科学省
(6)「一般地方学事通則」の成立過程と性格 : 絶対主義の段階におけるプロイセン義務教育制度の特質について | 日本の教育史学
産業革命期イングランドにおける労働者世帯の教育 : 手織工世帯を事例とした考察 | 大阪大学リポジトリ
諸外国の義務教育制度の概要 | 文部科学省