秋の夜長を夫婦で楽しもう!月見酒の歴史とおすすめアイテム5選

日本には四季折々の伝統的な文化がたくさんあります。お月見もそのひとつです。子供がいる家庭では、ススキや団子などを供えてお月見するという人も多いでしょう。美しい月を家族で鑑賞し、子供が寝静まったら夫婦で「月見酒」を楽しみませんか? 今回は、月見酒についてご紹介します。

月見酒とは?月見酒の歴史を知ろう!

月見酒(つきみざけ)とは、文字通り「月を見ながらお酒を飲むこと」です。月見酒にはどのような意味があるのでしょうか。月見酒の歴史を紐解いていきましょう。

秋の収穫を神様に感謝する「月祀り(つきまつり)」

農耕を営む古代の日本人にとって、月はなくてはならない存在でした。月の満ち欠けを暦代わりにして田植えや稲刈りを行うなど、生活と密接に関わっていたからです。そして月は、古代の日本人にとって、「農耕の神」でもありました。夜空に浮かぶ月を見上げて、人々は豊作を願い、それぞれ思いをはせていたようです。

秋の収穫を神に感謝するための場として陰暦9月13日に行われたのが、「月祀り(つきまつり)」です。神への感謝の印として酒を供え、あたかも神と会話を楽しむように月を見ながら酒を飲む――。これが「月見酒」の原点と言えるのかもしれません。

平安時代は貴族のお楽しみだった「月見酒」

中秋の名月に行う月見の習慣は、中国から奈良・平安時代の日本に伝わったものとされています。

宮廷では9月十三夜の「月祀り」と共に、二つの月見が催されるようになった。種々の供物を供えて名月を賞で、月見酒を酌みながら、詩歌管弦、舞楽、歌合せなどを行い、あるいは風流な前栽(せんざい=庭の植え込み)をつくり、広大な池泉に船を浮かべて月見をするなど、洗練された風雅な遊びと化していった。

(引用元:月見の酒 神々に豊作を感謝し、神と酌み交わす|GEKKEIKAN

平安時代の月見酒は、貴族たちの風流な遊びであり、一般の人々が親しむものではなかったようです。一説によると、平安貴族は月を直接見なかったとか。酒の入った杯や池などに月を映して、月見をしたとも伝えられています。

庶民が月見酒を楽しむようになったのは、鎌倉・室町時代から

それでは、現在のように誰もが月見酒を楽しめるようになったのはいつからなのでしょうか。大手酒造メーカー・月桂冠はホームページで以下のように記しています。

鎌倉・室町時代になると武士が台頭し、庶民も次第に力をつけるようになって、月見の風習は武家や庶民へとひろがり、再び古代の農耕儀礼と結びついた風習にかえっていった。

たわわに稔った稲の初穂(これが後にススキに変わったといわれる)、里芋、枝豆、団子と共に、新米で醸した酒を供え、神々に豊作を感謝し、月見酒を神と酌み交わす行事が定着した。

(引用元:月見の酒 神々に豊作を感謝し、神と酌み交わす|GEKKEIKAN

このことから、一般人である庶民が月見酒を楽しむようになったのは、鎌倉・室町時代以降といえるでしょう。古代のように「神に豊作を感謝する」風習として、再び定着したようです。

昭和時代に活躍した俳人・百合山羽公(ゆりやま うこう)は、月見酒を季語とした俳句をいくつか発表しています。

恒例の無月と言ひて月見酒

月見酒参らす句碑をひらきけり

壺中にも台風の余波月見酒

(引用元:月見 の俳句|575筆まか勢

月見酒は、昭和になると「神に豊作を感謝する」だけのものではなく、平安時代同様「月を見ながら酒を楽しむ」ものに変化し、それが現在まで引き継がれているのです。