登場人物紹介
私:物語の語り手。書生(住み込みで働きながら学ぶ学生)。
先生:「私」と鎌倉で出会う高等遊民。毎月雑司が谷の墓地に墓参りに行く。人と親しくなるのを避ける雰囲気がある。
静:先生の奥さん。遺書の中では「お嬢さん」と呼ばれる。
K:僧侶の家に生まれ、医者の家に養子に出た先生の友人。実家と養家両方から勘当され,
金銭的に行き詰まったため、先生と同じ下宿先に移る。
あらすじ
避暑のために鎌倉に出かけた「私」は、海岸で見かけた「先生」のことがなぜか気になって親しくなろうとします。東京に戻ってからも、「私」は先生のところにたびたび訪問します。先生は大学(現在の東京大学)を卒業したエリートですが、社会に関わらずに自宅で静かに過ごしているようでした。
先生は訪問する「私」を歓迎しているようですが、積極的に親しくはなろうとしません。「私は淋しい人間だ」「恋愛は罪悪だ」などと謎めいた発言をたまにします。
「私」は先生の奥さんとも話をします。学生のころの先生はもっと才気と自信にあふれた頼もしい人物だったと奥さんは言います。親友が急死して以来、先生の様子が少しずつ変わっていったと奥さんは考えています。
「私」の父親の病気をきっかけに、先生は人は金次第で人格が変わるものだ、遺産は生前に贈与してもらえなどと話します。「私」は父親の病気が悪化したため、東京と故郷を行ったり来たりします。
その間に明治天皇が崩御し、乃木希典夫妻が殉死します。「私」は死ということについて考えます。いよいよ父親が危篤というときになって、先生から非常に長い手紙が届きます。それは先生の遺書でした。
先生は20歳のときに両親を相次いで亡くし、故郷の家や財産を叔父に任せます。しかし、叔父は預かった財産を勝手に使ってしまう人でした。故郷と決別しまとまった遺産を取り返した先生は下宿を引っ越します。引っ越した先のお嬢さんが静でした。先生はお嬢さんに惹かれるようになります。
先生にはKという友人がありました。大学では医学を学ぶことになっていたのですが、自分の関心事である哲学を専攻してしまいます。そのため実家の怒りを買って、金銭的に困窮してしまいました。先生は下宿先の空いている部屋に移ってくるようKにすすめます。
しばらくしてから、Kは静に恋心を抱いていることを先生に告白します。出し抜かれることを恐れた先生は、こっそり下宿先である静の母親に結婚の申し込みをし、快諾されます。そのことをなかなかKに打ち明けられないでいる間に、Kは自殺してしまったのでした。
先生は罪の意識に苛まれながら静と結婚し、生活を続けてきました。しかし、明治天皇の崩御がきっかけになって死を意識し始めます。最後に「私」に会うことがかなわなかったため、長い遺書を郵送したのでした。そして、「妻に知らせないためにすべてのことを黙っていてほしい」と頼みます。
有名なエピソード
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」というせりふが有名です。これは精神世界に強い興味を抱いていたKが、さほど関心を持たない先生に対して言った言葉です。
もともと禁欲的であったKがお嬢さんに恋心を持ったことを恐れた先生は、かつて言われたこの言葉でKをやりこめます。恋愛を忘れ、もとの修行のような生活に戻ってほしかったのです。しかし、Kは自分が馬鹿だと認めてしまいます。これが先生をより焦せらせることになったのでした。