色付きそうめんはいつからある?五色そうめんの意味や歴史をご紹介!

夏の暑い時期でも、するっと食べることができるそうめんは日本人に重宝されている食材です。子供のころ、そうめんの中に色付きのものを見つけるとうれしい気持ちになった方も多いのではないでしょうか。ただ、どうしてそうめんに色付きのものが入っているのでしょうか?

今回の記事では、色付きそうめんができるまでの歴史や色付きそうめんが入っている理由、ひやむぎとの違いなど、夏になったら他の人に教えたくなるようなそうめんの豆知識をご紹介します。

五色そうめんができた歴史

そうめんの元祖は、奈良時代に唐(現在の中国)から伝わった索餅(さくべい)とされています。索餅は、もち米の粉をこねて細く延ばして縄のようにねじったお菓子のことです。その後、室町時代になると「素麺」という文字が使われるようになり、現代のそうめんと同じ形になったとされています。そうめんの歴史は1200年以上あることになります。

では、いったいいつから五色そうめんができるようになったのでしょうか。諸説ある中で、代表的なものを2つご紹介します。

江戸時代の庶民の知恵

1つ目は、江戸時代の商人のアイディアで普及したという説です。五色そうめんが有名な愛媛の松山の老舗そうめん店のホームページには下のように書かれています。

寛永12年(1635年)、松平定行の松山赴任に従って移り住んだ長門屋市兵衛が松山の地で創業して以来、厳選した小麦粉を使用し、時間をかけて低温熟成させて、じっくりと乾燥してつくりあげる五色そうめん。

(引用元:歴史|五色そうめん株式会社森川

五色の着想は享保7年(1722年)、八代目市左衛門の娘が椿神社への参拝の折、美しい五色の糸が下駄に絡みついたのを見て、父親に「そうめんに五色の色をつけてみては?」と進言したのがきっかけです。

(引用元:歴史|五色そうめん株式会社森川

その後、参勤交代の際、江戸で献上したことをきっかけに人気を博し、朝廷でも高い評価を得て全国的に知られるようになったということです。

陰陽五行説とのつながり

もう1つの説は、中国から伝わった陰陽五行説に関わりがあるという説です。そうめんの元祖と言われる索餅は中国から伝わり、その索餅を7月7日に食べると無病息災で過ごせるいう言い伝えがあり、そうめんも七夕に食べる風習がありました。

それが陰陽五行説の白・黄・緑・赤・茶の五色と結びつき、五色のそうめんが厄除けとして食べられるようになったとされます。

色付きそうめんがある理由

五色そうめんとは異なり、白いそうめんの中に色付きのそうめんが数本入っていることがあります。これにもきちんと理由があります。いくつかある理由の中で、一般的なものを3つご紹介します。

見た目を良くする

白いそうめんの中に数本だけ入っているピンクや緑のそうめんは、良いアクセントになって見ているだけでもきれいです。また、暑い夏に涼しさを与えてくれます。色付きそうめんを入れている理由は、まさにこの見た目を良くするためなのです。

さらに、戦後の貧しい時代に、子供を喜ばせるために色付きそうめんを入れ始めたという話もあります。

ひやむぎを真似した

そうめんに似た食べ物にひやむぎがあります。見た目ではあまり見分けがつかないため、間違えて購入してしまった経験を持つ方もいるでしょう。この間違いを防ぐために、ひやむぎに色付きの麺を入れるようにしたそうです。

ひやむぎが目印として入れた色付きのめんが人気を呼び、そうめんにも色付きのものを入れたようです。

風味を楽しんでもらうため

和食は世界無形文化遺産にも登録されており、世界から芸術的だと評価されることがあります。味もさることながら見た目の美しさが世界的に人気を博している要因の1つです。

そうめんもそんな日本の食文化の一つ。色付きそうめんがある理由には、目でも楽しんでもらおうという心意気があります。また、色付きそうめんには赤なら梅、緑なら抹茶、黄色ならみかんと言うように、風味が付いています。その風味を楽しんでもらうのも色付きそうめんがある理由のようです。