自分らしくってどういうこと?悩む、もやる、迷い込む、それは大学生だからこそなのかもしれない

大学生ライター

トム

早稲田大学人間科学部 1年。東京都出身。親の海外赴任に伴い高校時代を米国で過ごす。そこで教育の違いに衝撃を受け、より良い教育の実現目指し、早稲田大学人間科学部に進学。

ハロー!トムです!
「悩みもなく、ただ楽しく遊んで飲んで」というのが、大学に入る前の大学生のイメージでした。多くの人が「人生で一番楽しかった」と語る大学生でいる時期は、ただただ楽しいことをする時期だと考えていました。
実際は1ミリもそんなことはなく、むしろ真逆で、人生の中でこれまでにないほど頭を悩ませています。想像とのギャップにじわじわと驚かされながら大学生活を過ごしています。
今日はそんな私や友人の悩み相談をを聞いてやってください。

自分のため、他人のため

他人のために尽くす

類は友を呼ぶというのか、私も含めて私の周りには他人のために尽くすことが好きな人が多いです。他人のために心を配り気を使い、他人が喜んだり快適でいれるように行動をする人が多いです。
片や、全く自分のために生きている人もいます。自分のやりたいことをし、自分の言いたいことを言い、ただひたすら自分の求めるもののために行動する人もいます。
それぞれいいところも悪いところもあって、それぞれの悩みがあると思います。

「自分らしく」とは?

私の周りの、他人のために尽くす人は「真に自分らしく生きることとはどういうことなのか」という問いに頭を悩ませている人が多いです。

例えば、自分は「他人に感謝されることが嬉しいから」というある種エゴで行動を起こしているのにも関わらず、その行動の評価軸が他人という人。自分の軸で動くことの方が幸せなんじゃないか、と思う時もあります。自分のことを全く知らない世界で自分がしたいと思うことは、なんなのだろうか。果たしてそれを実現できた時、自分は幸せなのだろうか。

そんなことを悩みながらも、今日も誰かのために行動して感謝されることが嬉しくて、笑顔を見ることが嬉しくて、他人のために行動することを繰り返しています。

やりたいことがわからない

私は何をしたいの?

飲んだくれが多い大学生でも(私は違いますよ?)、歳を重ねると自分の将来について嫌でも考えなければならなくなります。
それは今後の将来に関わる大きな決断で、それを明確に持つ方が逆に難しと思います。
そんな中で「自分が将来何をしたかわからない」という答えのない迷路に迷い込む友人がしばしばいます。

もやもやとの闘い

それまで社会との接点が薄かった人がこの悩みにぶち当たるのはよく起こることです。
しかしたまにあるのが、様々な場所で社会と接点を持ってきたにも関わらず、その中で自分が「これだ」と思うものが見出せなかった人です。
このような人々は「もっと経験を積まないといけないのか」「自分は感受性が薄いのか」「そもそも自分がやりたいと思うことが存在するのか」と、先の見えない不安に頭を悩ませています。

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