子育てをしていると「発達課題」というキーワードに出会うことがあります。大学の授業で学んだことのある人もいるかもしれません。発達課題というのは子供だけでなく、老後でも出てくるものです。本記事では特に老年期の発達課題に着目します。老年期にある人はどのような人生の課題と向き合わなくてはならないのでしょうか。
もくじ
エリクソンによる老年期の発達課題「統合対絶望」
ドイツ出身の心理学者エリクソンは人間のライフステージを8つに分け、それぞれの段階で人間が向き合うべき「発達課題」があると論じました。老年期の発達課題は「統合対絶望」とされています。「統合」は課題に成功した場合、「絶望」は成功しなかった場合の状態とされています。
職業からの引退
エリクソンの定義する老年期はおおよそ65歳以降。この時期に発生する大きなイベントとして想定されているのが「職業からの引退」です。
毎日の習慣である仕事を失うことによるアイデンティティの揺らぎについては、日本でもしばしば論じられています。社会的に孤立したと思う人も少なくないようです。
それだけではなく、定期的な収入を失うことへの不安もあります。現代の日本では定年後も働き続けなくては生活できないと報道されることもあります。
生涯現役で働き続けたいと考えている人でも、病気や家族の都合などで思うように働けなくなることもあります。老年期はそれぞれがいつ、どうやって自分の仕事から手を離すのかについて向き合わなくてはいけなくなるのです。
参考
定年で名刺も居場所もなくなった時、どうやって人生を輝かせるか | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
過去の清算
老年期の人間には長い過去があります。良い記憶もあれば悪い記憶もある中で、それらが全てつながり、今の自分を形成しているのだという納得感が必要です。
納得感を持ち、自分の過去を肯定できると、現在の自分に自信や満足感を持ちやすくなります。自己評価だけでなく、配偶者や子供などの家族からの評価にも影響があるでしょう。また、財産(不動産・預貯金など)や人脈、業績など第三者から価値があると評価されるものをどれだけ残せるかも重要になってきます。
病気との共生
「ピンピンコロリが理想」という人は少なくないですが、実際には何かしらの慢性疾患を抱えながら少しずつ老いていく方が人間としては一般的です。今までできていたことが少しずつできなくなっていくこと、頭ははっきりしているのに体がいうことを聞かないことなどは、若年者からはなかなか想像できないストレスになっています。
高齢者の体は、若いときのような状態には戻りません。少しずつ着実に衰えていく自分とどう向き合っていくのかが大切になってきます。
死の受け入れ
老いと病気の先に待つ死をどうやって受け入れるのかが、最終の、かつ最大の問題です。老い方や病気の程度が人それぞれである上、死や死後に関する考え方も人によって異なります。自分自身で納得し、後悔しない人生の終え方を探る必要があります。
達成途上型・統合型・絶望型・停滞型の4つの類型
エリクソンは老年期について、上記のような具体的な問題と向き合いながら自分の人生を見つめ直す期間だと言います。自分の人生とこれから待つ死に対し納得感と安心感を得るのが「統合」であり、恐怖と後悔にさいなまれるのが「絶望」だとしています。
一方、文京学院大学が行った研究では老年期の人が持つ感情から「主観的な幸福感」と「死の恐怖」に着目し、それぞれの感情の強弱によって発達課題の達成度を4つの類型に分けました。
4つの類型 | 死の恐怖 | ||
高 | 低 | ||
主観的幸福感 | 高 | 達成途上型 | 統合型 |
低 | 絶望型 | 停滞型 |
(高齢期の心理社会的発達における達成プロセス | 日本心理学会大会発表論文集 より筆者作成)
幸福感が高く死への恐怖が少ない人は「統合」することに成功し、逆のパターンの人は「絶望」しています。また、「統合型」と「絶望型」の間に「達成途上型」「停滞型」という類型が見られます。幸福感は高いものの死への恐怖にまだ打ち勝っていないのが「達成途上型」であり、死は怖くないものの幸福感が高くない人が「停滞型」です。
同研究によると「統合型」と「絶望型」には後期高齢者(75歳以上)が多く、「達成途上型」には前期高齢者(65〜74歳)が多く見られたそうです。「停滞型」のみは年齢層に関係なく存在していました。
エリクソンは第二次世界大戦前後の心理学者です。発達課題という概念も非常に古典的なものになってきました。平均寿命が高くなった現代日本においては、老年期の人が「統合」「絶望」へと収束していくのはエリクソンの提唱した65歳ごろより10年ほど遅くなっていると言えそうです。
参考
高齢期の心理社会的発達における達成プロセス | 日本心理学会大会発表論文集