通学制との違い
以前、通学制の大学に通っていた時は、レポート大好き人間だった私。
通学制の時の学び方と比べてみました。
自分でテーマが設定できない
私が通学制の大学でよくこなしていたレポートは
- 授業に関するキーワードからテーマを選ぶ
- 自分が興味のあるテーマを自分で決める
- 授業でプレゼンしたテーマ
- 自ら(簡単に)調査した結果をまとめる・考察する
など、自分の裁量でテーマを選べる部分がありました。
ですが、通信制大学のレポートでは、テキストと一緒に送られてくる科目の課題に従う必要があります。
引用等をしてきちんと学術的な文章を書くというよりは、テキストの内容が確認できているか確認する「自宅試験」のような感覚です。(もちろん、引用することは推奨されています。)
オリジナリティを発揮できるようなレポートは少ないので、課題の詳細を確認しながら、何を書くことが求められているかを意識して書く必要があります。
授業がない分、理解するのに苦労する
授業で先生の説明がない分、自分のペースで学べるという利点がありますが、無味乾燥なテキストから、本当に大事な点を抜き出す作業は難しいものです。レポート作成のためだけにテキストを読んでしまって、科目終了試験の前に、テキストを読み直すとまた新しいテキストを勉強しているような気持ちになってしまいます。読書ではなく、勉強のために本を読むことの難しさが感じられます。
教授の授業を受けるときには「眠いなあ」と思いながら聞いていた通学制大学時代。
ですが、今は授業を受けながら内容を理解することのありがたみが身にしみています。
手書きレポートで思わぬ時間ロス
2000字のレポートに向けて、ひとまずWordなどでレポートを作成し、文字数を確認します。
そこから書き写す作業が、毎回2時間=1単位2000文字分、かかってしまうのです……。
手書きにこれだけ時間がかかることを実感してしまうと、早くペーパーレス化させたくなってしまいます。
多くの通信制大学が、徐々にPCでのレポート作成を認めていく中で、明星大学では手書きのレポートが続いています。
先生になれば、まだまだ手書き社会
ただ、学校では生徒のテストの採点、連絡簿のやりとりなどなど、手書きの仕事が多いです。何よりも板書は手書きの技術の中でも最も力が必要とされる部分でしょう。そのためにも、「この漢字なんだっけ?」とならないように様々な漢字を書く=レポートを書くことが大事なのかもしれません。
教員として働いていくのであれば、技術が発展してもしばらくは手書きから逃れられそうにありません。
先生になる前に、論述試験がある
日本で正規の教員になるには、地方自治体による教員採用試験や、私立学校の採用選考に受かる必要があります。そして、これらの試験には論作文が課されているのです。
自治体によって異なりますが、1000〜1200字程度を60〜90分で書き終える必要があります。もちろん手書きです。教員採用試験対策としても、この手書きレポートは理にかなっていると言えるでしょう。
終わりに:手書きレポートはみんなつらい模様・・・
大学生に戻ってしばらく経ちますが、誰も通信のレポートが楽だとは言っていません。
誰にとってもきつい課題のようです。
予定通りに卒業するためにも、目標を忘れずに、とにかくレポートを書く(書き続ける)力が大事です。
ということで、今日もこれから、レポート書きましょうかね。