子供が学校でもらってくる教科書の中に「道徳」が増えたことに気づいた方もいるのではないでしょうか。「特別の教科」という立ち位置で新しく教科になった道徳では、どのような目標が設けられているのでしょうか。懸念されている問題点や批判についてもご紹介します。
もくじ
「特別の教科 道徳」とは
「特別の教科」という名称は耳慣れないものです。これは、道徳が教科として特殊な位置づけがされているために生まれた呼び名です。道徳という教科の概要について解説します。
小学校は2018年度、中学校は2019年度より教科化
学習指導要領の改訂を受け、小学校は2018年度、中学校は2019年度から道徳が教科化されました。これにより、以下のような変化が出ています。
履修の義務化 | おおよそ週に1時間の授業をしなくてはいけない |
検定教科書使用義務化 | 学習内容の質を均一化して学校や教師によるムラをなくす |
評価の導入 | テストなどの点数による安易な評価は禁止 |
教科書と評価の導入は、親から見ても分かりやすい変化です。道徳という心の内面に関するものをどうやって評価するのかという問題については、文部科学省が以下のように方針を説明しています。
「教科」とは、教科書を使用し、教科ごとの免許があり、数値による評価を行うものを言いますが、道徳については、数値による評価を行わず、担任が担当することから、特に「特別の教科」という新たな位置づけが設けられました。
(引用元:「道徳」の評価はどうなる?? | 文部科学省)
つまり、道徳は教科化されたものの、その他の教科のようには評価はできないことから、新たに「特別の教科」というジャンルを作る必要があったということなのです。
参考
従来は「教科外活動」の位置付けだった
これまでも小・中学校で道徳の授業があったのでは? と疑問を覚える人もいるのではないでしょうか。実は、道徳は学習指導要領改訂前までは「教科外の活動」という位置づけでした。
正式な教科ではないため、どのように授業をするかは現場の裁量に大きく任されていたのです。実際に、自分が子供のころは担任によって、授業の進め方や時間の取り方が違ったという印象のある人もいるのではないでしょうか。
道徳の教科化には、このような質や量の差を是正するという目的もあります。また、それ以外にも目的があります。続いては新たに設定された道徳教育の目標について解説します。
道徳教育の目標
授業の量や質の均等化以外に、道徳の教科化に与えられた目標とはどのようなものでしょうか。まずは指導要領改訂前の議論について調べてみました。
いじめに向き合うための教育
2016年に文部科学大臣から「いじめに正面から向き合う『考え、議論する道徳』への転換に向けて」というメッセージが発信されました。
子供たちを、いじめの加害者にも、被害者にも、傍観者にもしないために、「いじめは許されない」ことを道徳教育の中でしっかりと学べるようにする必要があります。
(引用元:いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)について(平成28年11月18日) | 文部科学省)
このメッセージが発信された時点では道徳の教科化はすでに決定していました。教科化された道徳でどのようなことを教えていくのか? という最終調整段階で出されたもので、教科化に向けて大きく方針を打ち出した影響力の大きいメッセージと考えることができます。
他にもさまざまな論点がありつつも、道徳の教科化と「いじめに向き合う」という問題意識は、切っても切り離せない、関連するものだということができます。
学習指導要領の内容は?
大きく4つのカテゴリーに分けられる
道徳の教科化の大義として「いじめと向き合う」というメッセージが文部科学省から出されているということが分かりました。それでは、実際に現場で子供たちに教える教職員に向けた学習指導要領はどのような構成になっているのか見てみましょう。
①「主として自分自身に関すること」
②「主として他の人とのかかわりに関すること」
③「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」
④「主として集団や社会とのかかわりに関すること」
(引用元:道徳教育について | 文部科学省)
これらが道徳教育の内容に対する4つの視点ですが、学習指導要領改訂にともない、視点の名前や内容が少しずつ修正されています。以下に改訂後の視点を1つずつ見ていきましょう。
「主として自分自身に関すること」
「主として自分自身に関すること」は、改訂前も同じ記載がありました。細かな点としては、以下のような変更があります。
追加・変更された内容 | 以前の内容 | 学年 |
「自分の特徴に気付くこと」 | 新規追加 | 小学校1・2年 |
「自信をもって行う」 | 「勇気をもって行う」 | 小学校3・4年 |
「長所を伸ばす」 | 「よい所を伸ば
す」 |
小学校3・4年 |
「自律的に判断し,責任のある行動をする」 | 「自律的で責任のある行動をする」 | 小学校5・6年 |
「安全に気を付けることや,生活習慣の大切さについて理解し」 | 「生活習慣の大切さを知り」 | 小学校5・6年 |
「短所を改め長所を伸ばす」 | 「悪い所を改めよい所を積極的に伸ばす」 | 小学校5・6年 |
「より高い目標を立て,希望と勇気をもち,困難があってもくじけずに努力して物事をやり抜く」 | 「より高い目標を立て,希望と勇気をもってくじけないで努力する」 | 小学校5・6年 |
「物事を探究しようとする心をもつ」 | 「進んで新しいものを求め,工夫して生活をよ
りよくする」 |
小学校5・6年 |
(参照元:小学校学習指導要領_特別の教科 道徳編 | 文部科学省 5ページ)
表現などが改められたほか、小学校1年生で「自分の特徴に気付くこと」が追加された以外は大幅な変更がないことが分かります。
「主として人との関わりに関すること」
「主として人との関わりに関すること」は、改訂前は「主として他の人との関わりに関すること」という名前でした。
追加・変更された内容 | 以前の内容 | 学年 |
「身近にいる人」 | 「幼い人や高齢者など身近にいる人」 | 小学校1・2年 |
「家族など日頃世話になっている人々」 | 「日ごろ世話になっている人々」 | 小学校1・2年 |
「家族など生活を支えてくれている人々や現在の生
活を築いてくれた高齢者」 |
「生活を支えている人々や高齢者」 | 小学校3・4年 |
「自分の考えや意見を相手に伝えるとともに,相手のことを理解し,自分と異なる意見も大切にすること」 | 新規追加 | 小学校3・4年 |
「家族や過去からの多くの人々の支え合い」 | 「人々の支え合い」 | 小学校5・6年 |
「異性についても理解しながら,人間関係を築いていく」 | 「男女仲よく協力し助け合う」 | 小学校5・6年 |
「自分の考えや意見を相手に伝えるとともに」 | 新規追加 | 小学校5・6年 |
「自分と異なる意見や立場を尊重する」 | 「自分と異なる意見や立場を大切にする」 | 小学校5・6年 |
(参照元:小学校学習指導要領_特別の教科 道徳編 | 文部科学省 6ページ)
変更内容を見てみると、従来は漠然と「人」と表現されていましたが、部分に「家族など」という具体的な形容が追加されている部分が多く見られます。
「主として集団や社会との関わりに関すること」
「主として集団や社会との関わりに関すること」は、改訂前は「主として集団や社会との関わりに関すること」という同内容で、4つ目の視点として位置づけられていました。
追加された内容 | 以前の内容 | 学年 |
「自分の好き嫌いにとらわれないで接すること」 | 新規追加 | 小学校1・2年 |
「働くことのよさを知り」 | 「働くことのよ
さを感じて」 |
小学校1・2年 |
「家族の役に立つ」 | 「家族の役に立つ喜びを
知る」 |
小学校1・2年 |
「我が国や郷土の文化と生活に親しみ」 | 「郷土の文化や生活に親しみ」 | 小学校1・2年 |
「他国の人々や文化に
親しむこと」 |
新規追加 | 小学校1・2年 |
「約束や社会のきまりの意義を理解し,それらを守る」 | 「約束や社会のきまりを
守り,公徳心をもつ」 |
小学校3・4年 |
「誰に対しても分け隔てをせず,公正,公平な態度で接すること。」 | 新規追加 | 小学校3・4年 |
「楽しい学級や学校をつくる」 | に「楽しい学級
をつくる」 |
小学校3・4年 |
「我が国や郷土の伝統と文化
を大切にし,国や郷土を愛する心をもつ」 |
郷土及び国との関わりに関する内容を統合 | 小学校3・4年 |
「他国の人々や文化に親しみ,関心をもつ」 | 新規追加 | 小学校3・4年 |
「法やきまりの意義を理解した上で進んでそれらを守り」 | 「公徳心をもって法やきまりを守り」 | 小学校5・6年 |
「差別をすることや偏見をもつことなく,公正,公平な態度で接し」 | て「差別をすることや偏見をもつことなく公正,公平にし」 | 小学校5・6年 |
「働くことや社会に奉仕することの充実感を味わうとともに,その意義を理解し,公共のために役に立つことをする」に | 「働くことの意義を理解し,社会に奉仕する喜びを知って公共のために役に立つことをする」 | 小学校5・6年 |
学校との関わりに関する内容に含めた | 「身近な集団に進んで参加し,自分の役割を自覚し,協力して主体的に責任を果たす」 | 小学校5・6年 |
「みんなで協力し合ってよりよい学級や学校をつくるとともに,様々な集団の中での自分の役割を自覚して集団生活の充実に努める」 | 「みんなで協力し合いよりよい校風をつくる」 | 小学校5・6年 |
「我が国や郷土」「国や郷土」 | 「郷土や我が国」「郷土や国」 | 小学校5・6年 |
「他国の人々や文化について理解し,日本人としての自覚をもって国際親善に努める」 | 「外国の人々や文化を大切にする心をもち,日本人としての自覚をもって世界の人々と親善に努める」 | 小学校5・6年 |
(参照元:小学校学習指導要領_特別の教科 道徳編 | 文部科学省 6-8ページ)
追加・変更点を概観すると、差別や偏見に向き合うための項目を追加しつつ、「国」を「我が国」に変更していることが分かります。これを保守的な表現の変更とみる向きもあります。
「主として生命や自然,崇高なものとの関わりに関すること」
「主として生命や自然,崇高なものとの関わりに関すること」は、改訂前は「主として自然や崇高なものとの関わりに関すること」として3つ目の視点として位置づけられていました。
追加された内容 | 以前の内容 | 学年 |
「生きることのすばらしさを知り」 | 「生きることを喜び」 | 小学校1・2年 |
「生命の尊さを知り」 | 「生命の尊さを
感じ取り」 |
小学校3・4年 |
「自然のすばらしさや不思議さを感じ取り」 | 「自然のすばらしさや不思議さに感動し」 | 小学校3・4年 |
「生命が多くの生命のつながりの中にあるかけがえのないものであることを理解し,生命を尊重すること」 | 「生命がかけがえのないものであることを知り,自他の生命を尊重する」 | 小学校5・6年 |
「美しいものや気高いもの」 | 「美しいもの」 | 小学校5・6年 |
「よりよく生きようとする人間の強さや気高さを理解し,人間として生きる喜びを感じること」 | 新規追加 | 小学校5・6年 |
(参照元:小学校学習指導要領_特別の教科 道徳編 | 文部科学省 8ページ)
「美しい」「気高い」といった主観による視点があり、指導の方法の難しさがうかがえる内容ですが、いじめに向き合うという大きな柱のもと、人生や命に関わる視点に修正が入っていることが分かります。
教材「わたしたちの道徳」を見てみよう
検定教科書は学校によって採用するものが異なりますが、文部科学省が公式の教材として公開している「わたしたちの道徳」という冊子があります。データをダウンロードすると、道徳の授業がどのように進められているのか、大まかに把握するのに役立ちます。
参考
「私たちの道徳」活用のための指導資料(小学校) | 文部科学省
「私たちの道徳」活用のための指導資料(中学校) | 文部科学省
道徳教育の問題点・批判とは
道徳教育の方向性については批判も多く存在します。内容に関するものや、教科外から教科として正式に採用されたことに至るまで、論点はさまざまです。代表的な問題点と批判について解説します。
検定教科書に間違いが多いという批判
二宮金次郎の幼名で知られる二宮尊徳。古くからある学校に通っていた人は、学校の敷地内に銅像が建っているのを見たことがあるのではないでしょうか。薪を背負って読書をする少年の姿は清貧・勤勉・成功の象徴のように扱われていますが、この二宮の姿は史実とは異なるようです。
金次郎が読み書きを学んだのは10代後半。また、少年期に、堤防工事をする村人に自ら進んでわらじを作って配る話も2社が載せていますが、信頼に足る根拠はないそうです。
(引用元:根拠欠く教科書 どう評価?悩む先生 教科になった道徳 | 朝日新聞デジタル)
二宮金次郎の逸話は検定教科書8社中4社と「わたしたちの道徳」が取り上げ、そのうちの2社は上記の史実とは異なる逸話を記述しているといわれます。道徳の目標には沿っているものの、正しいとは言えない内容を載せた教科書で何を教え、評価すればいいのか分からないという指摘は現場でもすでに起こっているそうです。
法律を教えたほうが目的を達成できるのではという批判
道徳教育の大きな柱である「いじめ」などの問題ですが、これは道徳ではなく法律の問題なのではないかという議論もあります。
「道徳」といわれると、多くの人は漠然と「人として良いこと」と考えてしまう。しかし、「道徳」の内容はあまりに曖昧だ。また、法律と違って、誰が作るのかもはっきりしない。このため、「道徳」の授業には、一部の人や集団にしか通用しない規範を、漠然とした圧力で押し付けてしまう危険がある。
(引用元:これは何かの冗談ですか? 小学校「道徳教育」の驚きの実態(木村 草太) | 現代ビジネス | 講談社(5/6) )
つまり、学校などで子供が誰かを傷つけた場合、それを道徳だけの範囲で解決させることは本質的に良くないのではないかという問題提起です。引用した記事では、組体操事故などを例に、道徳で問題解決を図ることの危険性と実際の法的責任について解説しています。
結果的に意見の押し付けになってしまうのではないかという批判
道徳は点数などでの評価は行わないとしていますが、評価自体は学期末ごとに行われます。このような形で道徳を学ぶのは、結果的に一方的な価値観の押し付けになってしまうのではないかと、多くの人から懸念されています。
特に、道徳は心の内面に大きく影響するもの。教師や教材が意図的でなくても「正しい答え」に誘導してしまった場合、子供たちの内心の自由を侵害するのではないかと懸念されています。
また、学習指導要領の変更内容を見ると、「家族」や「国」といった社会的な枠組みが重視されていることが分かります。このような価値観をどうやって子供たちと共有していくのか、もしくはしないのか。一般的な「家族」や「国」の枠組みにとらわれないバックグラウンドを持つ子供たちに、どのように配慮するのかなどは、これからも議論の余地が大いにあるでしょう。
参考
「道徳の教科化② 懸念は何か」(視点・論点) 視点・論点 解説アーカイブス | NHK 解説委員室
まとめ
教科化されたばかりの道徳について、概要と批判・問題点をご紹介しました。道徳の授業を肯定的・否定的どちらに捉えるにしても、学習指導要領が改訂されたばかりの道徳教育はまだまだこれからの面が強くあります。保護者が関心を持って見守る必要があるでしょう。
参考
「道徳の教科化① 道徳教育の抜本的改善を」(視点・論点) 視点・論点 解説アーカイブス | NHK 解説委員室